インターネット予約
facebook

ここに文章を入力してください

院長の図書室

お産の瞬間を捉える写真の力

分娩の立ち会いについて

  子供を産むということは、自己のDNA再生という全ての生物に共通の日々の営みです。地球上で今この瞬間にも、単細胞の細菌から巨大な哺乳類、聳え立つ樹々にいたる全ての生物が、営々とその営みを繰り返しています。 

 しかし、人は自分たちの出産の現場に立ち会うと、共感により深く心を動かされます。不思議な思いが沸々と湧いてきます。科学が進歩し、それがDNAの複製、生化学的な反応、そして、プログラムに組まれた生理学的な現象の帰結だと分かっていても、言葉では全てを表現しきれません。深淵なる世界を覗き、畏怖の念に打たれる、そのような特別の瞬間なのです。言葉を使って表そうとしても、言葉は忽ち抜け殻となってしまい、力を失います。人の出産とは、誰もが言葉を呑みこむ、そんな瞬間なのです。

  まず、五感でしっかりとお産を感じてください。見えるもの、聞こえるものだけでなく、独特の匂いや赤ちゃんに直接触れて肌で感じた温もり柔らかさを記憶に刻み込んでください。言葉に残した記録だけでは、あの感動を呼び戻し、伝えることは難しいものです。一葉の写真を残しておくとよいでしょう。「写真の力」はあの時の感動を記録し、後々呼び覚ましてくれます。

 写真撮影の注意

  •  当院では分娩時の写真撮影は原則自由です。
  • フラッシュは使用しないで、高感度のオートのセッティングで十分撮れます。
  • SDカードなどのメモリー切れ、バッテリー切れに注意してください。
  • 三脚固定のビデオ撮影はお勧めしません。監視カメラのような画像では折角の感動を把えられません。しっかりファインダーを覗いて、あなたの気持ちを込めた写真を撮影してください。       2017.10.13                                         

生む力の源は社会との繋がりと「オキシトシン」

分娩の立ち会いについて

 当院で働いていた園田希助産師は、今大学院で愛情ホルモンと呼ばれるオキシトシンの研究をされていて研究の動機をハンズの会で講義してくれましたその導入部を皆さんに紹介します。 少子化社会から出口の見えない日本においてお産は個人的な営みというよりも、共同体における社会的な営みなのだという興味ある視点です。

 

              聖路加国際大学大学院博士後期課程 園田希

  人と人との繋がりが希薄化、触れ合う機会の減少

 現代の日本が直面している問題の1つに、人口減少と少子化があります。子どもの数が減り、日常生活の中で子どもと触れ合う機会は減少しています。出産を控えた女性の約半数の方が、子どもと触れ合う経験を持たず、母親となっているとの報告もあります。それだけではなく、人と人との繋がりも希薄化し、隣の家の住人と挨拶を交わすことも少なくなってきています。 

 人と人との繋がりが希薄化する一方、日常生活は快適で、そして便利なものになりました。インターネットで簡単に情報を得ることができて、実際に店に足を運び、商品に触れ、店員さんの説明を聞かなくても、口コミを見てインターネットで買い物も出来ます。

 妊娠・出産・育児の場では、陣痛が始まれば、自分の体の感じ方よりも、陣痛アプリで陣痛間隔を測る、という妊婦さんの姿を目にすることも稀ではありません。赤ちゃんとの生活の情報を、周りにいる人からではなく、インターネットやSNSから得る妊婦さんが多くなりました。

女性の産む力を引き出して、発揮するために必要なもの それは社会との繋がり

 自然分娩を達成するために不可欠なものが陣痛です。自然分娩を達成するためには、妊娠37週から41週の間に陣痛が来ること、そして児を娩出することができる有効な陣痛が必要です。では、妊婦さんから陣痛という産む力を引き出して、発揮するために必要なものは何か?実は人と人とが触れ合って繋がっていること、つまり、社会の力が必要なのです。「オキシトシン」の分泌もこのことと関係があります。自然分娩を達成するためには、人と触れ合う機会が減少した今、社会の力の再認識が必要なのです。 妊娠・出産・育児の間、女性が社会との繋がりを持てるように援助することは、私たち周産期医療者の大事な役割と考えています。                2017.9.2                                         

分娩の立ち会いについて

分娩の立ち会いについて

当院は家庭的な雰囲気の中で、命のつながりを家族とともに味わえることを周産期管理のモットーとしています。今、周産期において医療管理上の都合のため、家族、特に小さな子供の立ち会いなどを制約する施設が多くなりました。でも、出産に臨むお母さんの気持ち、事情を斟酌すべき場合も多々あると考えます。当院では原則立ち会い分娩を自由としています。
しかし、単純に全ての人に「立ち会い分娩」を勧めているわけではありません。次に整理した事項を参考にして分娩に臨むことをお勧めします。

1 産むのはあなた、あなたが力を発揮できる環境を
一人で臨むお産は、ポジティブに受け止めれば、新しい自己発見の契機です。心配、不安、寂しいとかで、家族に甘えたり、寄りかかったりしていませんか。分娩に集中できる環境を考えると、痛い時には大声をあげて、ありのままの姿でいることも大事です。寄り添いと助けはプロの助産師に委ねれば良いのです。
2 家族の思いもそれぞれ
お産の現場では非日常的な空間と時間を共有することになります。受け止め方、記憶の仕方は、ひとそれぞれです。ご家族の心に残るものも、それぞれ違います。あなたとパートナー、実母、上の子との人間関係の変換点にもなります。家族の絆が深まることもあれば、時には関係の修復が必要なこともあります。
全てのお産が思い通りの正常分娩とは限りません。慣れない立ち会いのため、不安と疲労で混乱してしまうのは、まず第三者です。余裕のある距離、安全地帯を設けておいた方がいい時もあります。
3 他の産婦さん、新生児もいます
感染症のある方、特に小さなお子さんは、新生児を避けなければいけません。心配な時は必ず相談ください。
産後はお母さんも赤ちゃんも十分な休養が必要な時期です。また、他のお母さんたち、ご家族も神経質になられています。興奮しているとついつい周りが見えなくなります。入院中の周囲の方々へのご配慮は忘れないようにして、そっと休める環境づくりを心がけてください。

お産はまず自分で立ち向かうもの。寄り添いは助産師を頼みとして、お産の時空の周りには適度な安全地帯を設けましょう。

陣痛はなぜあるのか

陣痛はなぜあるのか

無痛分娩を扱う施設が増え、無痛分娩を希望される妊婦さんも増えています。 無痛分娩を紹介する記事も多く見かけるようになりました。確かに痛みは無いに越したことはありません。しかし、痛みを否定的に捉えて、無痛の長所ばかりが述べられるのは気になります。無痛分娩の問題点も議論し、痛みを肯定的に捉える考えも紹介されるべきでしょう。
無痛分娩でメリットが得られる人は、それを享受すれば良いでしょう。でもお産は人それぞれです。痛みを経験することを肯定的に捉えられる人も少なくないはずです。
私たちは無痛分娩を採用していません。長い間の数多くの分娩立ち会い経験から、痛みを肯定的に捉える考え方もあることを紹介します。

心身の集中と解き放たれた時の喜び
産むのは自分です。痛みは他人にはわかりません。「陣痛はどのくらい痛いの」という問いに答えるのは難しいです。わからないもので不安になるより、自分の持つ精神と身体の力をお産に集中してみませんか。そういう時に、痛みはあなたの集中力を高めてくれるはずです。
集中して成し遂げることで得られる自信と産まれた子は一生の宝物です。そして、心身への強いストレスの克服は、やがて新しい生活がスタートするための高らかな号砲と変わります。これは最初に身を以って感じるものです。

共感と連帯
お産の痛みの中で、母は自分を支えてくれる人がいることを知ります。これからの子育ては、誰かを助けたり、また、助けられたりの長い道のりです。痛みを克服してきた者同士の共感、連帯感がきっと芽生えているはずです。これはしばらくして気がつくものです。

余韻を味わう
痛みの記憶は忘れられないものです。怪我の痛みは身を守るための警告で、生き延びるための学習ですが、陣痛はそれとは異質の痛みです。心の中で熟成され、余韻として記憶の中に残っていきます。母であることの礎として、長い年月を経ても味わい続けたいものです。

知名にして開院

知名にして開院

私は50歳を過ぎての開業で、次の三つを課題として励んでいます。

一つは、妊娠・出産・育児を取り扱う上で、自然科学の知と人文・社 会科学の知を積算すると言うことです。

その成果が「先生は本当に何もしないし、診にこないし・・・」と妊産婦に言わせてしまう当院の分娩スタイルです。しっかりと気配を消し、よけいな事はせずしっかりと見守る。

自然陣発・経膣分娩・母乳栄養を原則とし、骨盤位の経膣分娩・VBAC(帝王切開後の経膣分娩)・妊娠42週頃までは自然待機という管理も行っています。

しかし妊産婦には、医療の介入にはあまり気づかせず自分の力で産んだと感じてもらいます。ただし彼女らには、妊娠中の健診から産後の母乳外来まで助産師をしっかりと寄り添わせ、彼女らの分娩にかける思いへの共感者とします。妊産婦の持つ微妙なジェンダーの問題に対しても、医師が真っ向からぶつからず、助産師をそっと寄り添わせて相談相手とします。

二つ目の主題は、small sizeで取り組む周産期医療です。

独立性・多様性・適当な分散性の中で、医療者から最大限の力を引き出すためのsmall sizeです。

これは集約化された周産期センターでの分娩管理に、真っ向から対立するものです。しかし、当院助産師のそれぞれの個性と能力をフルに発揮させるには、この事が必要なのです。また、妊産婦の主体性と自己決定権に基づく妊娠・出産・育児行動に呼応するには、我々が三つの属性をしっかり持つ事が必要なのです。

このことは院内に留らずに、助産所との地域医療連携でも発揮されます。開業以来、多摩地区の開業助産院の分娩を、年間約500症例規模でバックアップしています。つまり、small sizeの周産期施設の独立性・多様性・分散性を支えているのです。

三つ目は、禿頭白髪だけではすまない老いを実感し、人生の終結点を意識し始めた自己への「生きるとは何か、その目的は何か。」という問いかけでもあります。やはり、生きるということは社会との関わりを持ち続ける事、その目的はその中に自己の存在価値を見出す事なのでしょうか。

新生児を連れた家族が嬉しそうに退院して行く姿を見るたびに、しばらくは産科医として頑張ろうと思う艾年の日々なのであります。

命の生まれる現場から

命の生まれる現場から

私は、開業医である明治生まれの祖父母の姿を見て育地ました。地域医療の医師として患者さんがいるかぎり、とくに産婦人科医は“24時間365日医師である”ということを、幼い時から感覚的に学んだように思います。
自然な流れで医師を目指し、群馬大学医学部に入学。大学では優秀な友人たちに囲まれ、学業やラグビーの部活動を通して精神的にも体力的にもかなり鍛えられました。卒業後は、体外受精・胚移植に興味があり、迷わず産婦人科学教室に入局しました。今でこそ一般的な不妊治療の一つですが、当時は、東北大学で成功の1例目が出たばかりだったのです。

9年間の研究生活の間に助産師の妻と出会い、4人の子供に恵まれました。妻が子育てに専念してくれたので、安心して仕事に打ち込むことができ、そして何より、妊娠中の母親の変化や産後の生活などを間近に見ることができました。たとえば、お腹が良く張るという症状ひとつとっても、だから即、切迫早産というのではなく経産婦だったらこれも正常範囲の張りだとか、妊娠中の過ごし方や出産がその後の育児に大きく関わるということを、身をもって知りました。これは、産婦人科医としても貴重な経験でした。

その後縁あって、杏林大学の総合周産期医療センターの開設に携わることになりました。初めての経験だったのでそれはもう大変でしたが、新しいことへの挑戦はやりがいがあるものです。周産期センターという施設柄、扱うのは極めて重篤なケースが多く、医療処置に追われる日々でしたが、搬送元である地域の個人産院の医師や開業助産師との出会いを通して、大きな気づきがありました。それは、“正常な経過であれば医師がいなくても分娩はできる。でも、助産師がいなければ、医師だけで分娩はできない”ということでした。

不妊治療の最前線で研究を重ね、高度医療施設での経験を経て、満を持して50歳で開業。今年で(2016年)7年目になります。助産師として復帰した妻と共に、妊娠・出産・育児というお母さんたちの“挑戦”を見守り、支える毎日です。

これまでも“新たなること”に導かれまい進してきましたが、開業にあたっても、新しいことに挑戦することが原動力になっています。それが“お母さんのための周産期医療”です。なんとなく妊娠生活を送り、出産が終わったらハイサヨウナラではなくて、出産にいたる妊娠期も産後もとことん寄り添い、共感することが本当の周産期医療ではないかと思います。それには助産師がいなければ。医師は、助産師が妊産婦さんに寄り添い、お母さんたちが安心して子供を産み育てられるように、正常から逸脱した時の受け皿となって安全を支えればいいと考えます。だから当院では、自然な妊娠経過であるかぎり、助産師外来を中心として。医師検診は、必要に応じて最小限担っています。

最近は、とかく『安全な分娩』ばかりに意識が集中しているように感じます。大事なのは、共感と寄り添い。助産師がいればお産はできる、逆に助産師がいないとお産ができない。そのための安全を医師が守る・・・そういう周産期管理を目指しています。

(ベネッセコーポレーション刊、たまごクラブ2016年3月号より)


もう少しで自然分娩

もう少しで自然分娩

約80%の分娩は、医療介入を必要とせず進行するといわれています。
当院の助産院のバックアップ外来データ(2007年~2009年、1648例)では、約85%の方が助産院で自然分娩されています。しかし、裏を返せば15~20%、つまり5~7人に1人は医療介入が必要であったということです。これは決して少ない確率ではありません。
安心安全な自然分娩は医療のバックアップがあってこそできる分娩なのです。

「自然な経過で大丈夫ですよ」と医療者側が言うためには、きちんと妊娠経過を診ていくことが大切で、私たちは、偶発的な産科異常に対して責任をもって対処しますという意味を含めて、自然分娩を推奨しているのです。
私たちは、不必要な医療介入はしません。基本は助産師の寄り添いの中での自然分娩です。
しかし、陣痛誘発、陣痛促進、会陰切開、分娩台の使用等が必要な時もあります。
医療が注意深く背中をちょっと後押ししてあげれば、自分の力でしっかりと自然に産めることも多いのです。

「自然分娩」「良いお産」等の言葉を聞くと、「医療介入のないお産」と捉えがちですが、もうちょっと緩く考えてみませんか。たとえ帝王切開になったとしても、良いお産はあるのです。良いお産とは、自分の受け止め方でどうにでもなるものなのです。
是非お産を通して、かつて経験したことのないような魂の震える感動を味わってください。

分娩台よ、こんにちは

分娩台よ、こんにちは

先日、助産院から微弱陣痛、分娩遷延で当院に来た初産の方の一例を紹介します。

当院到着時、疲労が重なっていたこともあり、陣痛が来た時にどうしたらよいか分からず、ただ身を固くして捩(よじ)らすだけでした。すでに子宮口が全開大してから8時間以上経過していました。

診察後、子宮収縮剤の点滴を開始し有効な陣痛を確保しました。しばらくして環境に慣れていただき、その後分娩台に上がっていただきました。姿勢を取り、目を閉じて痛みをこらえていたのをしっかり目を開けていただき、助産師の誘導に答えてもらいました。
3~4回陣痛に対して呼吸を合わせる練習をしたのち、陣痛と自分の力でいきむ力を上手に同調できるようになりました。それから数回の怒責でスムーズに児頭が下降し、無事経腟分娩されました。軽い会陰裂傷のみで、赤ちゃんは元気でした。
分娩台を使用する事により、無事に出産出来た一例です。

最近の分娩台はよくできています。ほとんどの分娩体位に対応出来るように設計されています。うまく使いこなせるかどうかは、お母さんと医療者側の共同作業によるのです。つまり、分娩台も時にはお母さんにとってお産を助ける強い味方になってくれるということです。

本当のフリースタイル分娩とは

本当のフリースタイル分娩とは

フリースタイルというスタイルを選択し、そのスタイルに拘(こだわ)ればその時点でフリースタイルではなくなります。もちろん、医療の介入からフリーということでもありません。
私たちがほんとうのフリースタイル分娩をできるようにするということは、多様な選択肢を用意し、お母さん一人一人に合わせて、その分娩経過に臨機応変に対応できるようにしておくことなのです。

当院では、「和室での自然分娩」「分娩台のあるリビングスタイルの洋室での自然分娩」「産科手術管理の必要な分娩」「緊急帝王切開に対応した手術室兼用の分娩室での分娩管理」と、グレードに合わせて対応できるようになっています。

一番楽な体位でお産できることがフリースタイルの良さですが、何が起こるかわからないのがお産です。
自分のお産のイメージを固定化せず、どんなことにも対応できる心のフリーを持つことも大事です。
つまり、自然のお産の流れに身を任せることが、本当のフリースタイルなのかもしれません。

帝王切開分娩の振り返り

帝王切開分娩の振り返り

「助産師の寄り添いの中で自分の力でお産する」そういう意志と、「ここなら目指した分娩ができる」という期待を抱いて、皆様は当院を選んで来院されていることと思います。しかし、分娩はすべて正常な経過をたどるとは限りません。開院して4か月間に6例の帝王切開を行いました。分娩数50例で帝王切開率12%です。助産所からの周産期異常のため医療連携で移行した29例の分娩を含みますので、かなりの健闘かと思います。

でも 帝王切開になったお母さんたちにとっては、この分娩はなかなか受け入れにくいものです。“なぜ私に帝王切開が必要だったの” “もう少し頑張れなかったの”そんな思いが、当院のような産院だからこそ、より強くなるようです。

先生から満足のいく説明がない、との意見もあります。お母さんがブルーなら、そう言われる医師の私もブルーです。でも、私自身そう言われて振り返ると、確かに産後のお母さんにはあまり詳しく説明しません。医学的に難しいことを理論的に説明しても、それは無意味です。解決の糸口を他者に依存して、安易に何か納得のいく理由を求めれば、かえって憎悪の対象を作るだけです。収捨選択しなければいけない問題を増やすことになります。かえって、お母さんを回り道させてしまうことになりかねません。

分娩が済んだお母さんに、今必要なことは、傍らにいる赤ちゃんとの時間に、心から専念することです。これは待ったなしです。帝王切開で生まれて元気にしている我が子を前に、なぜもう少し頑張れなかったのかと悩むのは、少し余裕が出てきてからでも良いのではないでしょうか。お母さんに必要なことは、まずは赤ちゃんに愛情を注ぐことです。お産の振り返りで、それなりの解決にたどり着くためには、時間と思索が必要です。ゆっくりと、じっくりと、落ち着いたときに取り組めばよいでしょう。

ゆっくりとした時間と思索

ゆっくりとした時間と思索

「私のこと」「私のもの」であるお産のあり方が、なぜ私の思うように決められなかったのか。つまり自己決定権になぜ医療介入を受け入れざるを得なかったのか。周産期医療だから考えておくべき問題があります。ゆっくりと、じっくりと思索を巡らすときのヒントとして整理しておきますので参考にしてください。
院内で白衣を着ながら話しにくいのでこの場で記します。

  1. 「私の中のもう一人の私」
    子宮の中にいる胎児も一つの人格ある私です。
    時にはお母さんと赤ちゃん二人の私が衝突します。
    また自分の体の中にある「私のもの」も、父親のもの、家族のもの、そして社会のものでもあります。

  2. 「私のこと」として決めたことはやり直せない、選び直せないことがある
    命が奪われたらやり直しができません。
    健康が損なわれたとき、それを取り戻すことができないこともあります。
    とてもとても重い決断が含まれることもあります。

  3. 「今の私はいつもの私なのか」
    「妊娠中の私」はいつもと違う生理状態、いつもと違う精神状態にあります。
    そのためいつもと違う考え方をしているかもしれません。
    分娩のときは、精神的にも肉体的にも強いストレスに晒されています。
    とりわけ産後は、大きなホルモンの変動の影響を受けています。
    このような時は「いつもと違う私」なのかもしれません。

  4. 「私のこと」「私のもの」が知らないうちに他の人の迷惑に
    たとえば インフルエンザワクチンを接種せずに病気になれば自己責任です。
    しかし、もしそれで 他の妊婦さんにうつしたり、新生児室を閉鎖に追い込んだりしたらどうでしょうか。
    生命倫理における自己決定権は、他人に迷惑をかけない限り侵害されません。
    しかし、生物の多様性・地球温暖化問題など環境倫理は、制約を私たちに求めます。

  5. あなたが「私のこと」「私のもの」と決めたこと、選んだものは不変的価値をもつか
    実は長いひもの端、長い物語の始まりの部分を選んだだけです。
    赤ちゃんを産んで新しい命を育むことは、あなたの命がつながること。
    お産とは、長い時間の流れの中の一瞬の出来事。
    されど遠い未来の出来事もひもをたくし上げればお産に辿り着くことも。
    周産期医療者は 多くの人たちの長い物語を見てきています。
    だから、ときに父性的な愛であなたを叱ったりちょっと冷たいかなというほどに無関心を装ったりします。
    あなたが決めたこと、選んだことの評価には時間がかかります。
    また、この先の成り行きでどのようにも変容を遂げるものでもあります。

まずは 目の前にいる赤ちゃんをたいせつに。
ほとんどの人は、愛の力で癒されます。
本能が、囚われた思いからあなたを解放します。
そして余裕があったら、傍らにいる人たちに目をやり語り合うとよいでしょう。
お産の振り返りは大切です。
安易な回答を求めず、じっくりと取り組んでください。

子供を産むということは、損得の問題だと人が錯覚するのは、子供というのは、自分が産むものだと思っているからである。
唐突に聞こえようが、これは確かにそうなのである。
子供とは、自分が作って、自分が産むもの。
子供を産むのは自分の意志だと、人は思っているが、しかし、これは間違いなのである。
( 中略 )
断じて人間の意志によるものではない。
それは自然の意志というべきなのか、とにかく人知を超えた自然の所産である。
だから、子供を作るのは自分ではない。子供は天の授かりものなのである。

「41歳からの哲学」  池田晶子より

『府中の森土屋産婦人科』の使い方

『府中の森土屋産婦人科』の使い方

これから妊娠生活を送り、出産・子育てについていろいろと考えている皆さんに、当院との上手な付き合い方・利用の仕方についてのヒントをお話しいたします。今までの、周産期に関する寄せ集めの知識はしまっておいてください。そして、自由にじっくり考えてみてください。
次に挙げる主題に沿いながら、話を進めていきたいと思います。

  1. 助産師とのコミュニケーションを大事に
  2. スモールサイズの利点を活用
  3. リスク管理を考える

1.助産師とのコミュニケーションを大事に

いま、妊産婦さんに最も必要なものは生身の人とのコミュニケーションです。

 誰と話せばよいか・・・助産師と話してください。
 何を話せばよいか・・・自分の生活について、妊娠中・産後の子育て中の毎日の生活についてです。
 どのように話せばよいか・・・一人でゆっくりと話してください。
 いつ話せばよいか・・・妊娠中の体調の良い時、そして、産後に目の前に赤ちゃんがいるときです。

  本当に必要な情報は

妊娠を契機に女性は活動範囲が限られ、そのために話し相手が少なくなります。家族や生まれ育った環境から離れていると、身近な話し相手もいません。話し相手の代わりに、インターネットや雑誌、本などを利用されている方も多いでしょう。
近頃はどれも大変よくできていて、多くの情報を提供してくれます。しかし、それから得られる情報・知識は、寄せ集めの断片的なものです。おもちゃ箱のおもちゃと同じです。あなたのお気に入りのものか、一方的にプレゼントされたものばかりではないでしょうか。あなたにとって本当に必要なものなのかを考えてみてください。
本当に必要な情報は、人とのコミュニケーションから獲得します。生身の人との会話がもたらす情報の良いところは、それぞれがストーリーとして繋がっていることです。そして、論理的で因果関係が分かりやすいことです。話の筋を辿っていくと、あなたの抱えている問題にたどり着くことも可能です。妊産婦さんに最も必要な情報は、そのように生きている情報なのです。

  日常の生活について話し合いましょう

これから出産に臨む妊婦のバースプランを拝見すると、そのほとんどは「分娩の方法」と、「赤ちゃんには母乳をあげたい」に集約されます。そして、『~は、したくない。~は、嫌です。』というプランが多いようです。
分娩は長くて二日、たいていの人は一日で終えることで、そのほとんどの分娩が自然の経過で進行し、意思による制御を受け入れることなく進みます。つまり、なすがままに身を委ねるしかないのです。だからこそ、それよりも長く続く妊娠中の生活・子育てに目を向けて考えてみましょう。
自分の意志で、妊娠から家族の成立までの長い期間のライフスタイルを確立することのほうが大事です。まず、聞いておかなければいけないことを、是非、あなたの日常の身近なところから探してみてください。

  女同士でゆっくりと、特に産後が大事

できれば是非一人で、助産師と女同士で話し合ってみてください。話題は自分のこと、そして女性の生理のことです。長い待ち時間でイライラした気持ちの中で、男性医師の顔色を窺っていては話も弾みません。まして、子供がぐずっていたり騒いだりしたら、気になって話どころではないはずです。
とりわけ、大事なコミュニケーションの時期は産後です。産後は女性ホルモンの消退で、精神的に不安定な時期です。目の前には、待ったなしで赤ちゃんが泣いています。家に帰って一人で解決しなければいけない問題は、入院中に少しでも軽減しておくことは大切です。
当院は、妊産婦さんとのコミュニケーションを大事なことと考えています。妊娠中は、助産師外来を利用してください。毎日、二人の助産師が担当します。病棟も担当している助産師たちですから、分娩のことや母乳育児のことなどお気軽にご相談ください。お産の時「外来で話したことのある助産師さんだったので、安心できました」という声を聞くとうれしいです。
夜間は、必ず二人の助産師が勤務しています。お産の時に、助産師が傍に寄り添っていることできっと安心されることでしょう。また、入院中、皆さんが最も助産師を必要とするときは、母乳分泌がまだ不十分で赤ちゃんも吸啜が下手な、産後二日目ごろまでです。
お産の疲れがまだ癒えていないのに赤ちゃんに泣かれているときに、私たちは一対一のコミュニケーションで産後のお母さんを支援します。

  医者の見守りも、実はコミュニケーション

当院ではコミュニケーションを大切にしているため、助産師とのコミュニケーションを勧めてきました。助産師は寄り添いと共感のコミュニケーションを心掛けます。
では、、医者との間はどうなのでしょうか。医者は信頼と協働による、論理的なストーリーの展開と結末をコミュニケーションに求めます。しかし、難しいことを言っても始まりません。私の方法は、医師は妊産婦さんとちょっと距離を置いて見守り、助産師が活躍する環境づくりをすることで皆さんのニーズに応えることにしています。つまり、言葉を使わないコミュニケーションも行っているのです。産後5日くらい経って、退院する頃ジワリと分かってくるものなのです。
是非、お楽しみに・・・。

2.スモールサイズの利点を活用

  なぜ スモールサイズの周産期管理なのか

「皆さんがこれから、出産・育児を迎えるにあたって必要なものはコミュニケーションです。」というお話を前章でしました。皆さんの周りにはインターネットから得られる、断片的な情報と知識が溢れています。しかし、それらは本当に自分にとって必要で役立つ情報でしょうか。
分娩という体験の場は自然の力との対峙です。その時、自分で得た情報と現実との違いに驚き、自分が何も知らなかったことに初めて気がつくことも希ではありません。そんな状況下での精神的・肉体的ストレスは、予想以上に大きいのです。
皆さんに必要なものはインターネットなどを通じて得られる情報ではなく、マンツーマンのコミュニケーションによって得られる、自分にとって本当に必要な『自分のためのお産の話』です。お産の現状に則した情報を医師から提供してもらい、意見を交わす。傍らに寄り添う人(助産師)に、現場で問いかける。そういうことが得意なのが、スモールサイズの周産期管理なのです。

  スモールサイズは自由なお産と育児を行うことができる

皆さんの分娩と育児の取組は個人の問題ですから、自己決定権に基づいて自分の意志と判断で行われることが理想です。そのためには以下の四つのことが必要です。

   一つ、自分のことは自分で決めること。
   二つ、他人に迷惑をかけない限り、行動の自由は守られること。
   三つ、他人から見るとおかしなことでも、自由に行えること。
   四つ、自己決定は、対応能力のある人がおこなうこと。(十分な情報と判断能力のもとでおこなう)

上記に沿って行動できれば、スモールサイズの医療はより自由度が高いといえるでしょう。
しかし自由に分娩や育児を行うことができるといっても、実際に一人で何もかもを決めるのは難しいことです。そんなときに助産師とのマンツーマンのコミュニケーションで、みなさんの分娩と育児をサポートすることができます。寄り添い、共感してくれる人とのコミュニケーションを大事にすることで、より自由なお産と育児を可能にする。それがスモールサイズの医療の利点です。

  スモールサイズに必要なものは何か?

スモールサイズの医療に必要なものは、価値観の多様性に対して視野を広く持ち、寛大さを失わないということです。今の医療は、安全に事故がないように管理することが重要視されています。そういう情勢で、個人の意志を尊重した医療を行うには寛容性が必要です。

次に、必要なものは信頼関係です。
マンツーマンのコミュニケーションには家庭的な信頼関係が必要です。助産師は寄り添い、共感する母親的存在です。だから、医師は敢えて父親役になります。じっと見守り寡黙だが、必要なときには叱ることもあるちょっと怖い存在の父親です。もし、医療介入の決断が下されたとすれば、それは父親的優しさからなのです。

もうひとつが距離感です。
スモールサイズの中に長く一緒にいると、お互いが影響を受けます。そのため、相互依存に陥ったり、感応されたりします。せっかくの自己決定による主体的な歩みが、目指すところが分からなくなって一人では進めなくなることがあります。助産師は共感の役を担い、近くにいます。医師は敢えて皆さんとは距離を置きます。
そして、しっかりと見守り道案内します。

  スモールサイズからビッグサイズへ

私たち≪府中の森土屋産婦人科≫のスタッフは、スモールサイズに自信と誇りを持っています。自分たちが目指すものを大事にし、常に向上心を忘れず、志を大きく持っています。だからぜひ、妊産婦の方々にも自分のお産と子育てに自信を持って下さい。
さらに私たちは、地域に根差した医療を実践しながら、分散した同様のスモール施設とネットワークを組み連携することを目指しています。私たちのような医療施設は小さな点として孤立せず、繋がりながら広場のような存在になる必要があるのです。
最後に、スモールサイズの弱点を知っておく必要があります。それがリスクマネージメントです。
このことは、次回に考察したいと思います。

夫、父、男は何をすべきか。

夫、父、男は何をすべきか。

優しく見守り、ゆったりとした温かい心で受け入れることです。

女性は妊娠中、授乳中には特別な生理状態にあります。これは身体的な変化だけではなく心理、思考、感情や気分まで影響します。そこで男性、父親にとって大事なことは自分との違いをよく理解することです。ジェンダーの違いがもたらす大きな溝が、自分と女性、母親、妻である彼女との間に横たわることを認識することです。
私たちは妊産婦への寄り添い、共感、妊娠子育てを通じて抱える問題を共有する重要性を掲げています。しかし、これは同性である助産師に求められることです。この絶対的な相違の認識について男性は何をすべきなのか。課題の1です。

次に、妊娠、分娩、授かる子供に起こりうる現象、結果は絶対的な事実であります。不測のもの、受け入れ難いものも少なくありません。しかも、その事実を論理的に理解することは難しく、事の発端から結果までの因果関係を明確にすることもできないことがほとんどです。腑に落ちないもの、不条理なものです。私たちは抗うことできずに突きつけられる事実を自然の仕業とか運命の力とか呼んで処理することがあります。神秘主義的立場で個人の心の中で懼れとして処理することもあります。この絶対的な事実の認識について男性は何をすべきなのか。課題の2です。

私が4人の子の父親として、してきたことは、違いを諦めること、結果を受け入れること、そして勇気を出して優しくなることです。ただし、男として父親として、そして、私の場合は産婦人科医としての立ち位置は守ってきました。この距離感は大事です。ちょっとしたハードボイルドなのです。

なぜ今、有床診療所・開業助産師なのか?

なぜ今、有床診療所・開業助産師なのか?

今、周産期医療に必要なものはなにか?それはコミュニケーションだと私たちは考えています。妊娠・出産・育児、それは個人の問題です。したがって、妊産婦は自分のことは自分で決めます。その自己決定のためには、十分な情報と判断能力が必要です。つまり個人の問題であるがゆえに、より情報を持った人とのコミュニケーションが必要になるのです。では、誰がコミュニケーションの担い手なのか?それこそ助産師なのです。助産師の力を十分に発揮できるマンツーマンのコミュニケーションに相応しい施設は、有床診療所・助産所(開業助産師)などのスモールサイズの周産期施設であると考えます。

助産師が職能を発揮するには、スモールサイズの提案をしましたが、そこには安心できる医療連携の枠組みが必要です。そこで、そのような助産所と有床診療所が連携することにより安全の枠組みが構築できれば、それは限られた周産期医療資源の活用に通じる新しい集約性が提案できる思っています。

スモールサイズの周産期医療を支える為に必要なものがリスク管理であり、リスクマネジメントの基盤ができばスモールサイズでも妊産婦に寄り添い共感のコミュニケーションに基づく周産期管理ができるのです。スモーサイズにも問題点はありますが、良いものなら問題点をクリアして広くの人に利益を供与したいと思うのです。